日経夕刊に「人間発見」の連載があり、今回はキリン社長の磯崎功典さんである。この頃は自分と同年生まれの人が、この種の記事にも出てくるようになって、それぞれの人のライフコースを見ながら自分自身を振り返っている。

「修羅場は望むところ」という連載タイトルなくらいだから、磯崎さんは一目置かれる優秀な人に違いない。コーネル大学に2年間留学した後、さらに「卒業後に実務を経験したいと会社に無理を言って、一年間ホテルで働きました」とある。

「えっ!、そんなのありなの?」と私は思った。周りから身勝手と思える本業と一見関係のなさそうな分野への留学を給料をもらいながら、さらにその後のエゴを主張し、それが許容されたということに驚きを隠せない。

でも、そういう幸運な人は人はいるよなと思う(私の師の一人のN教授もそう見えた)。なぜ、そのようなことが許されるのだろうか?。キリンのような余裕のある日本の大手企業、あるいは官庁などは、そのような制度があると共に、懐が深い人材養成をしているのかもしれないと思った。それは組織文化とも関係するだろうが、日本的人事管理で長期的な人材養成を心がけているのだろう。それは入社した会社の環境によるので、ある意味では運であるかもしれない。
同様に影響しそうなのは、上司に恵まれた人で、また上司から可愛がられる人であろう。彼の場合は、上司から「いっぺん勉強したらどうだ」と留学を勧められたり、留学先の先生からのアドバイスも、ホテルでのオーナーからの言葉からも垣間みられる。私の想像だが、会社にとって、手放したくないような飛び抜けた、いわば若い頃から将来の社長候補の一人としてリストされていた人だったのだと推測する。

私自身を振り返ると、上司(父親も含めて)のような存在は、(ある意味では)敵で、いつも斜に構えていたから何度も損をしてきた。それはさておき、今の時代においても親の介護や子育てとかの休職で、組織との駆け引き的なことに直面することはあるだろう。そこで如何に華麗に自己主張を通すことができるかは、サラリーマンの主要テーマの一つであろうと思う。ここでの教訓は、並以上にできる程度では難しく、飛び抜けて優秀な人の場合のみ有効なのだろうと私は理解した。サラリーマンに一般論として言えることは、会社の環境と自分の能力と相談して自己主張をどの程度に留めるかの判断が必要になる。

 

*** 赤のベゴニアのはずだが、成長が遅い。
昨年夏は枯らしているので、夏の暑さに持つかどうかが微妙だが、咲けば素晴らしくなる。奥はカレックス。

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